【コラム】国産スマートフォンのこれまでとこれから

7/17の日経新聞に「NEC スマホ撤退へ」という飛ばし記事が一面に掲載されましたね。NECは即座に否定していますが、例のドコモのツートップ戦略がこのような報道につながってしまったのではないかと思います。(その後提携相手をSONYに変更して交渉、なんて記事も)

domestic-smartphone01

NECといえば携帯電話(敢えて「携帯電話」といいます)の黎明期から端末開発・供給に関してドコモと共存共栄でここまでやってきました。

ご存じない方もいるかもしれませんが、NECは端末供給だけではなく通信全般についてもドコモと共同で研究開発してきた歴史があります。直近では災害時における通話に関し、強制的に通話用に回線を振り分ける技術を開発し、国際標準化に向け、世界に名だたるグローバル企業に実は一歩先んじていたりと、両社は切っても切れない仲でもあります。

私もガラケー後期はN902iX→N903i→N904i→N905i→N-01A→N-02BとずっとNユーザだったのでこのニュースは衝撃的だった反面、「やっぱりそうだよなぁ。。」という思いが交錯しています。

今回は、これまで見向きもしなかった国産メーカーのスマートフォン戦略を振り返ってみて、これからどうすれば・・・という内容を考察したいと思います。

(うまくまとめられず、超長文です。7,000文字超えです。(原稿用紙18枚w))

 

携帯する電話の誕生

電話といえば固定電話の事を指していた1980年台以前。移動電話は1979年に自動車電話から始まり、1985年には重量3kgのショルダーホンが登場。保証金20万とか新規加入料や月々の利用料もバカ高く誰もが所有できるものではありませんでした。この自動車電話の製造メーカーは富士通。(右写真)

そして1987年に初めて1kgを切る900gの「携帯」できる電話が誕生しました。真ん中のTZ-802、右のTZ-803こそが松下/NEC製の製品です。

(私も写真でしか見たいこと無い)

 

松下(パナソニック)とNECは今から26年も前から(開発着手はもっと早いはずだから30年弱?)携帯電話事業にNTTと手を組んでやってきました。

その後、技術は急速に進化し、1991年の「アナログmova」シリーズでは230gと世界で一番軽い製品としてmova N・P・D・FというNEC、パナソニック、三菱電機、富士通という4社が台頭してくるわけです。

ドコモの歴史:NTTドコモ歴史展示スクエア

 

 

携帯電話会社(キャリア)の変遷

この4社はデジタルmovaでは「携帯する電話」から様々な付加サービス(iモードが代表的)が使える「携帯電話」となり、だんだんと我々に身近な存在になって きました。加入者増加に伴い電話番号は030-だった番号が080-、010-、020-、040-、090-とどんどん番号も増え、それでも番号が足りな くなって携帯電話番号が10桁→11桁になり、090-1xxxや09-4xxxというように旧番号を踏襲した電話番号に統一されました。

 

また1992年には第二電電(現KDDI)と日産自動車が手を組み携帯電話サービスに参入し、「ツーカーセルラー東京」、「ツーカーセルラー東海」が誕生、またJR系の日本テレコム(現禿電ソフトバンクモバイル)がデジタルホンサービスを開始、「東京デジタルホン」、「デジタルツーカー→ J-Phone」というキャリアが誕生、途中で株主事情で業界再編があったりして日本における携帯電話サービスはNTTドコモ、IDO(現KDDI)、デジタルツーカー(ボーダフォン→禿電)という現在の3社体制が続きました。(イーモバイルの参入は2007年3月)

(出典:携帯電話の歴史<電話の歴史<歴史<木暮仁)

 

 

製造メーカーとドコモの蜜月関係

ドコモと蜜月関係であったNEC、パナソニック、三菱電機、富士通はデジタルホン系、ツーカーセルラー系には当初は端末を供給せず、京セラ、SONY、シャープ、はたまたNOKIAといったメーカーが後発2社に対し端末を供給してきました。

当時はドコモのシェアはこちらを見ていただきたいのですが、NTTドコモが圧倒的であり、N・P・D・Fはドコモと一緒に新しいサービスを考え、新しい端末のあるべき姿を共に模索してきたわけです。

domestic-smartphone02

 

各社に向けて情報は別け隔てなく与え、各社端末の特徴を持たせつつ「ドコモ主導で」考えた新サービスを取り込み、実現に向け一緒に頑張ってきた「戦友」であったはず。

これらの商品はドコモが全数買い上げてきたため、メーカーの収益としては生産計画=売上実績となり安定収益をもたらす事業となっていたわけです。

これはいゆわる「護送船団方式」で、これら4社はこの全数買取にあぐらをかき、外敵に怯えること無くドコモの言われたとおり端末の製造を「受託」してきたわけです。

 

途中、R(日本無線)、M(モトローラ)も参入し、この6社のみが「ムーバ」という商品名称を使用できるという一種の縄張り(?)に、シャープは「ドッチーモ」というPDCとPHSのデュアルモード機の供給で「ドコモby~」の名称で参入、PDC携帯電話販売にも参入、気づいたらPやNを凌駕し、シェアNo.1になってました。

 

外敵に怯えることなく、着々とガラパゴス的進化を遂げてきた国内メーカーですが、やはりメーカーごとのシェアというものは存在し、体力がないメーカーは撤退を余儀なくされてきました。

D(三菱電機)は2008年3月にこれ以上赤字を垂れ流すことができないと、携帯電話事業からの撤退を決めました。当時D902i(黄)を愛用していた私はものすごいショックを受けたのを覚えています。

これ以外にもSONYや東芝、国際電気、三洋電機なども途中から参入し、途中で撤退したメーカーも。。

 

こうしてシェアの取れる上位数社によって日本独自の規格、例えばワンセグやおサイフケータイ機能を、ドコモを始めとしたキャリアの欲しいと思う端末を「受託」開発するメーカーとしてこれまでやってきたはずです。

 

 

こういう状況の中、世界では

世界に目を向けてみると、2000年当時の携帯電話利用者は5億人。1996年から毎年伸び率+60%という異常なスピードで普及しており、世界シェアでは2003年のデータでは出荷台数5.2億台です。以下はメーカー別シェアですが

  1. NOKIA(34.7%)
  2. MOTOROLA(14.5%)
  3. Samsung(10.5%)
  4. Siemens(8.4%)
  5. Sony Ericsson(5.1%)

と上位5社で73.2%。

ちなみにパナソニックとNECは2%ずつ。2003年当時はP504i、N504iというモデルが発売されていた時期。あれだけ売れてた(自分もP504iS使ってた)のにたった2%です。

そして携帯電話の普及率が年々上昇しているのにもかかわらず、2年後の2005年には1%前半とシェアを落とすことになりました。

 

グローバル端末にも日本製の部品も使われているはずで、NやP、F、SHも部品調達メーカーからもグローバル機の状況など世界の動きは掴めていたはず。にも関わらず、販路をドメスティック(国内向け)に限定していたことが、私の考える一番の失態だと思っています。

もちろん欧州とは電波の型式が違う(GSM)ことや今は当たり前になってますがSIMカード方式の一部採用など、ここで得た技術ノウハウを日本向けに転用できない、などというハードルはあったのかもしれませんが。

 

いずれにせよ「リスクヘッジ」を当時はあまり考えていない、ドコモに飼われていれば安泰だった携帯電話事業ですから、当時のメーカー幹部はそんなこと考える必要がなかったのかもしれませんが、この凋落っぷりに至った大きな理由ではないでしょうか。

 

 

スマートフォンの登場

スマートフォンの歴史は古く、1999年(日本でiモードサービスが開始された年)にBlackBerry OSを搭載したBlackBerryを発売、PDAと携帯電話が融合し、主としてインターネットやメール、スケジュール管理などが利用できる端末としてビジネスマンを中心に爆発的に売れた端末です。(もっと深く色々あるんだよ!という声が聞こえてきそうですが割愛w)

domestic-smartphone03

日本では2005年にWillcomから発売されたシャープ製のW-ZERO3を覚えているでしょうか。W-ZERO3はWindows mobile 5.0を搭載したスマートフォンです。

PHS通信に加えWi-Fiを利用しネット接続できるのが魅力な端末でした。(オフィス形式ファイルが使えるのもメリットでした)

 

ただ、当時私はiモードコンテンツやブラウザの利用が主流だったため、程なく手放してしまったというとても残念な思い出があります。

 

 

そして「黒船」と揶揄されたiPhoneの登場は2007年。音楽プレーヤーに音声通話+ネット接続ができる端末として・・・と私が説明するまでもありませんね。日本では2008年に禿電から発売され、、あ、これも私が説m(ry

domestic-smartphone04

Androidは1年遅れの2008年。T-mobile G1が世界ではじめてのAndroid機です。日本では2009年にドコモからHT-03AというHTC製(台湾)のAndroid機が発売。

ガラケーではドコモが提供する、端末に「組み込まれた」ソフトのみを使用して、遊ばせてもらっていました。

 

唯一、「iアプリ」で機能を追加できるのが魅力で、jigブラウザやW2Ch(2ちゃんねるブラウザ)などで今と同じように情報収集していました。

この頃の携帯電話に求められることはワンセグ・充実したカメラ機能、おサイフケータイという日本固有の機能の充実だったと思います。この頃は既に携帯電話はほぼ1台/人普及していて、市場も飽和状態。機能もさして進化せず、新しい端末に期待することはだんだん少なくなっていました。

そんな中登場したAndroidスマートフォンは非常に魅力的に感じられた反面、使いこなせるかが非常に心配で(特に文字入力)結局このHT-03Aを手にすることはありませんでした。

 

 

国産メーカーによるAndroidスマートフォン

domestic-smartphone05HT-03Aの次に発売されたスマートフォンはご存知SO-01B(Xperia)。2機種ともグローバル市場で販売されていた端末をドコモで使えるようアレンジされた端末です。

国内メーカーのAndroidスマートフォンの参入は2010年6月のシャープ製 au向けIS01と東芝製 au向けIS02。(シャープは2010年8月にドコモから「LYNX SH-10B」として発売)

※実際はIS01より6日早く発売されたIS02が国産スマートフォン初号機となります。

→ ご指摘ありがとうございます。IS02はWindows PhoneなのでやっぱりIS01が国内Android初号機となります。

 

IS01/02はスマートフォンというよりは通話のできる「情報端末」の位置づけっぽいデザインでした。

 

その半年後の2010年11月、Android = au と勘違いする人続出するほどセンセーショナルだったIS03。こちらが実質的な国産Androidスマートフォンになると思いますが、覚えてますか?

 

このIS03はAndroidに初めて「おサイフケータイ」と「赤外線通信」、「ワンセグ」が搭載され、さらにキャリア端末なのにskypeを搭載したりと機能も前衛的で、ガラケーからの乗り換えに大きく寄与したのは記憶に新しいです。

ただこのIS03は「AQUOS」シリーズではないのです。今思えば「これからはAndroidでしょ!」というガラケーとの決別宣言にも思えますが。

 

この動きを指を加えてみていたわけじゃないN・P・F社。

シャープの動きに遅れること9ヶ月、NECは2011年3月に「MEDIAS N-04C」を、パナソニックは2011年6月にようやくP-07Cが、富士通はさらに遅れ2011年11月にARROWS Kiss F-03Dでそれぞれスマートフォン市場に参入しましたが、発熱問題やもっさり問題などでユーザに受け入れられたかといえば、そうではなく、、商業的には成功したわけではありませんでした。

まだガラケー開発も行なっていて、どちらかといえば本腰を入れたわけではなかったと思います。

 

 

市場のニーズを見誤った可能性は?

日経BPコンサルティング社の「携帯電話・スマートフォン“個人利用”実態調査2012」のニュースリリースを見ると、開発メーカーとして正しい判断だったのかもしれません。

確かにこの頃のスマートフォン利用者はITリテラシーの高い層を中心に所有されていましたが、iPhoneの攻勢に対して禿電以外のキャリアはどう対抗するか、明確な方針のない(というかキャリアもどうしたら良いのか呆然としてた)まま、キャリアとメーカーの意向に少しずつ変化が現れ、意思の齟齬がうまれ、今までの蜜月関係が崩壊し始めてきたのではないかと邪推。

2011年調査結果

2012年調査結果

今までは「キャリアの意向に従って」端末を企画開発し供給してきたという「主従関係」で、メーカーはキャリアからただ言われたことをこなす「受託」のスタンス。

 

キャリアの迷走っぷりに現場は早くから気づいていたはずです。ただメーカー上層部には「独自路線を邁進するんだ!」という意思はなかったのかもしれません。いや、パナソニックは2012年3月から欧州市場に進出しているはずですが、その後話題にも上がって来ませんね。。。

富士通も2013年から「ARROWS」ブランドでグローバル展開を図るという報道もありましたが、まだその後の話が出てきていない気がしますし。。。

上記、世界シェア項でも書きましたとおり、競合他社はもう10数年前からしのぎを削ってきたわけです。しかも製品戦略は今までキャリア任せにしていたこともあるからか、苦戦を強いられているのでしょうか?

 

 

そして今回のツートップ戦略。

これは今までドコモの犬としてドコモのために君臨してきた国内メーカーにとって、さぞ衝撃的だったことでしょう。今まで20数年、同じ釜の飯を食って来たメーカーが含まれていないわけですから。

「今までの関係は何だったんだぁぁぁぁ!!!」という悲痛の声が、メーカーの中の人じゃない我々にも聞こえてくるということは、状況はまさに昼メロ状態なのでしょうか。(昼メロって見たことないですがドロドロの人間関係なんです?)

 

ドコモがSONYとSamsungをツートップに選んだのはiPhoneに対抗するにはグローバルで展開するAndroidスマホを武器にするしかない、という意思の現れだと思っています。

これはドコモによる国内メーカーとの決別を意味するものかもしれません。。

(ツートップは毎回各社の端末の出来や状況を勘案して決める、ということらしいですが、果たして次の戦略に国内メーカーが追従することができるのでしょうか・・・)

 

これからの国内メーカーは

これまで書いてきたことをまとめると、

  • グローバル戦略を考えていなかったこと(リスクヘッジできてなかったこと)
  • 受託製造に甘んじてきたこと

の2つに尽きます。

 

キャリアが端末を買い上げるビジネスモデルは、メーカーの戦略をも惑わせてしまいました。この負の功績はキャリア、メーカーのどちらが悪いというより、「どっちも悪い」でしょう。

これを踏まえたときに国内メーカーはこれからどうすればいいのか、勝手に考えてみました。

  • キャリアの意向<自社の目指す方向性を明確に

メーカーは携帯電話事業以外でグローバル展開しています。むしろドコモよりも広く世界を知っているはずです。キャリア戦略に踊らされず、自らの道は自らもつコア技術を武器に突き進めて欲しいと思います。

日本におけるSIMフリー機がもっと普及するような戦略とか、各社のコア技術(パーツ)供給にのみ注力するとか。

 

少なくともグローバルで勝負するには日本に特化した仕様を磨くのではなく、グローバルで通用する機能や設計思想(きめ細かさなど)を全面に押し出したりして市場を一から開拓していく必要があると考えています。

冒頭のNECがスマホ事業撤退という記事はこういう流れの中では「やっぱりそうだよなぁ」と思わざるを得ないですが、IGZOに代表される唯一無二の製品があれば、きっとまた国内メーカーもまだやれるのではないかと思います。(他社への部品供給という形でも)

間違ってもドコモの提唱するTizenを「再びドコモと一緒に頑張ろう!」だなんて思わないでくださいね、NECさん、不治痛富士通さん!

 

 

さいごに考察ブログらしい終わり方で。

これらをまとめていた中で分かったことが一つあります。

それはXperiaはSONYと合弁する前のEricsson時代からずっと世界で鍛えられてきたから今があるんだな、ということ。

10年前、いやもっと前から 世界のニーズ(当時は欧州中心だと思いますが)を踏まえた端末開発をしてきているわけです。ブランディングはもちろんのこと、プロモーション戦略など Xperia独特の世界観はこういう歴史の中で磨かれてきたのでしょう。

ぽっと出の国内メーカーが世界で戦えるか、と言われれば厳しい状況が待ち受けてい るかもしれませんが、ぜひ荒波を乗り越えて我々をワクワクさせてくれる製品を待っています!

 

 

3件のコメント


  1. 普及黎明期に護送船団方式はある程度理解できる。
    自分的にキャリアの大きな間違い(特にdocomo)は黎明期を過ぎても護送船団方式を続けた事だと思う。
    そのためメーカーがキャリアに手懐けられ個の商品として魅力のある端末が出てこなくなった。
    どれも似たような機能、飛び抜けて目を引く特徴のない個の商品として魅力がないものばかり。
    だから海外競争力などあろうはずがない。
    反面iPhoneは端末そのものが商品として魅力があるからこれだけ支持されるようになったのだと思う。

    もうキャリアが端末に関して介入する時代ではないと思う。
    端末の販売はメーカーで行う様に切り替える時が来ていると思う。
    そうしないといつまでたっても魅力的な端末が出てこないんじゃないかな。。。


  2. はじめまして
    普段はROMなオイラがちょいとツッコミ
    IS02はWindowsMobileですぜ…
    当時購入を真剣に考えていてホットモック触りまくってました
    結局はIS03に飛びつきましたが(笑

    管理人さんはNユーザーだったんですか
    オイラはIDO時代から庭の住人でして
    初号機こそパナだったものの、C1002S以降ずっとソニエリ一筋JOGダイヤル万歳!な人でした
    (コストの関係でJOGダイヤルは無くなってしまいましたが…)
    IS03とISW11K(初代DIGNO)に浮気しつつ念願のXperia、IS12Sを手にしたのが2012年3月
    その後いろいろありまして、現在はメイン機にS007(ガラケ(笑))、サブでSO-02E(ネット用)
    ルーターを持ち歩いております


  3. IS02はWindows Mobileだったと思うので、国産Android初号機はやっぱりIS01ではないでしょうか?